着物の虫食いはなぜ起きる?原因の虫と予防法、売れるのかを整理
久しぶりにたとう紙を開いたら、着物に小さな穴が開いていた。がっかりすると同時に、なぜこうなったのか、他の着物も危ないのではないかと不安になります。この記事では、着物を食害する虫の正体を公的機関の資料から確認し、被害が起きる条件、防ぐための保管方法、そして虫食いが見つかった着物は売れるのかという疑問まで整理します。
着物の穴は、必ずしも虫だけが原因ではない
先に確認しておきたいのは、着物にできた穴や傷みの原因が虫とは限らないという点です。
摩擦による生地の傷み(スレ)、カビによる変色、金属部分のさびによる穴、保管中に折り目に負担がかかって生じた裂けなど、原因はいくつかあります。京都紋付は、絹繊維が水に濡れて膨潤すると表面がもろくなり、摩擦によって繊維表面の一部が剥離して毛羽立つ「スレ故障」について説明しています。
とはいえ、着物にぽつぽつと不規則な小穴が開いている、生地の表面が削られたようになっている、といった状態であれば、虫による食害の可能性が高いといえます。原因の虫を知っておくと、予防の勘所も見えてきます。
着物を食害する主な虫
衣類に被害を与える虫は限られています。東京文化財研究所が公開している文化財害虫検索の記載をもとに整理します。
| 虫の名前 | 成虫の大きさ | 加害するステージ | 加害対象物 | ヒメマルカツオブシムシ | 2〜3mmほどの甲虫 | 幼虫 | 毛皮、羽毛、絹製品など幅広い | ヒメカツオブシムシ | 4〜6mmほどの甲虫 | 幼虫 | 動植物標本、絨毯や衣服、乾燥食品など | イガ | 4〜7mmほどの蛾 | 幼虫 | 毛を使ったもの、動植物標本、服、羽毛、絹など |
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三種に共通するのは、食害するのは幼虫であって成虫ではないという点です。部屋で成虫を見かけたときには、すでに幼虫が衣類の中で活動している可能性があります。
ヒメマルカツオブシムシ
学名 Anthrenus verbasci。成虫は2〜3mmほどの甲虫で、黒の下地に橙や白の模様が入りまだらに見え、比較的円に近い楕円形をしています。幼虫は褐色と白の縞模様で毛に覆われ、腹部末端に毛束があります。絨毯や着物などを食害し、分布は日本全土とされています。
生態で押さえておきたいのは、成虫の行動です。屋外では花に集まって花粉を食べており、白い物に集まる習性があるため、白い服を着ていると体について屋内に入ってきてしまう、と説明されています。また、害虫の死骸などを食べるため、清掃をして死骸が床に落ちていないようにすることが予防として挙げられています。
参考:「ヒメマルカツオブシムシ」|東京文化財研究所 文化財害虫検索
ヒメカツオブシムシ
学名 Attagenus unicolor japonicus。成虫は4-6mmほどの甲虫で、黒色の楕円形。幼虫は茶色っぽく細長く、腹部末端に多数の毛がついています。「食害のスピードが速く、被害が大きい」「幼虫でも活発に移動する」と記載されており、被害の進行が早い種です。服について室内に侵入するケースが多いとされています。
参考:「ヒメカツオブシムシ」|東京文化財研究所 文化財害虫検索
イガ
学名 Tinea translucens。成虫は4〜7mmほどの蛾で、色は黄色〜褐色。幼虫は細長いイモムシで、体は白く頭が褐色です。特徴的なのは、食害する材料そのもので蓑(みの)をつくること。そのため、被害を受けた物の付近から空の蓑がよく見つかると説明されています。予防と管理上の注意点として「防虫剤を使用」「密閉できる容器で保管」が挙げられています。
虫はいつ、どう発生するのか
被害が起きる時期を知っておくと、対策のタイミングが決めやすくなります。京都市保健福祉局が公表している衛生動物の記録に、ヒメマルカツオブシムシのライフサイクルが具体的に示されています。
- 年間1世代である
- 成虫の京都市域での出現時期は4月中旬
- 羽化したのち交尾・産卵し、屋外に飛び出す
- 産み落とされた卵は約1か月で幼虫になる
- その後、繊維質を加害しながら成長し、翌年の春に蛹になる
- 5月から8月ころまで訪花が続く
食性についても、「ヒメマルカツオブシムシの幼虫は、絹、羊毛などの動物性繊維を好んで加害することで有名です」と記載されており、あわせて「成虫は、繊維を食害することはありません」と明記されています。
参考:「No.016 ヒメマルカツオブシムシ」|京都市保健福祉局
つまり、春に成虫が飛来して産卵し、孵化した幼虫がおよそ一年かけて繊維を食べながら成長するという流れです。被害はゆっくり進行し、気づいたときには時間が経っているということでもあります。年に一度しか開けないタンスで虫食いが見つかりやすいのは、この時間差が理由です。
着物が狙われやすい理由も、ここまでの内容から整理できます。第一に、着物の主要な素材である絹が動物性繊維であり、幼虫の好む餌にあたること。第二に、着用機会が少なく、長期間しまわれたまま動かされないこと。第三に、汗や食べこぼしなどの汚れが残っていると、それ自体が餌になることです。
虫食いを防ぐ保管方法
対策は、大きく「餌をなくす」「環境を整える」「防虫剤を使う」の三つに分かれます。
しまう前に汚れを落とす。 エステーは、虫食いを防ぐポイントとして収納前にしっかり汚れを落とすことを挙げ、「特にソースや飲み物などの食べこぼしは、虫のターゲットになります」と説明しています。汚れが付いたら裏側に当て布をして、布やティッシュに水を付けて叩くように取るとされていますが、着物は自宅での洗濯が難しく、一般的なクリーニング店でも対応できない場合があるため、簡単に取れなければ専門店に相談するよう勧められています。
湿気を飛ばしてからしまう。 同社は「着物は2〜3日ほど、風通しのいい場所に陰干しをして、汗などの湿気を飛ばしてください」「天気がよく乾燥した日に収納しましょう」としています。着物用のハンガーで袖を広げると早く乾燥できるとも説明されています。
参考:「晴れ着の虫食いが心配です。正しい収納と防虫の方法を教えてください」|エステー株式会社
定期的に虫干しをする。 年に何度か晴れて乾燥した日にたとう紙から出し、風を通す作業です。京都紋付は、カビの発生条件として温度・湿度・栄養分(絹も栄養分)・酸素の四つを挙げたうえで、「定期的な虫干しの実施がカビ発生の問題解決になると思われます」と説明しています。虫干しはカビ対策であると同時に、被害の早期発見の機会にもなります。
収納場所を清掃する。 東京文化財研究所は、ヒメマルカツオブシムシの予防として「害虫の死骸などを食べるため清掃をして害虫の死骸が床などに落ちていないようにする」ことを挙げています。ヒメカツオブシムシについても「餌となりそうなホコリや動物・昆虫の死骸などを清掃」と記載されています。タンスの引き出しを空にして拭き上げる作業には意味があるということです。
密閉できる容器で保管する。 イガの予防と管理上の注意点として、防虫剤の使用とあわせて密閉できる容器での保管が挙げられています。
成虫を持ち込まない。 ヒメマルカツオブシムシは白い物に集まる習性があり、白い服を着ていると体について屋内に入ってきてしまうと説明されています。洗濯物を取り込むときや、外から帰ったときに衣類を確認する習慣も、地味ですが効きます。
防虫剤の使い方で注意したいこと
防虫剤には注意点があります。エステーは、有臭タイプ(パラジクロルベンゼン成分)の防虫剤を使っている場合、他の有臭タイプの防虫剤と一緒に使うと成分が反応し合って防虫剤が溶けることがあり、着物にシミをつけてしまうかもしれないとして、併用に注意を促しています。
参考:「晴れ着の虫食いが心配です。正しい収納と防虫の方法を教えてください」|エステー株式会社
複数の防虫剤を入れ替える際は、種類を統一するか、古いものを完全に取り除いてから新しいものを入れるのが安全です。和服用として設計された製品を選び、使用量や交換時期は製品の表示に従ってください。
なお、防虫剤は成分が空気より重く下に降りる設計のものが多いため、たとう紙の上に置くのが一般的です。ただし製品ごとに指定が異なるため、パッケージの記載を確認してください。
虫食いを見つけたときの対処
すでに穴が開いている場合、着るために直す方法がいくつかあります。
かけはぎ(かけつぎ) は、目立たない場所から共布を取り、穴の部分に一本ずつ糸を織り込むように補修する専門技術です。うまくいけば、どこが穴だったか分かりにくい程度まで戻ります。ただし、共布が取れるかどうか、生地の織り方や柄によって仕上がりが変わります。
穴の位置を移す仕立て直し という考え方もあります。着物は縫い込みに生地を残しているため、ほどいて仕立て直すことで、穴を縫い代の内側や見えにくい位置へ回せる場合があります。
別の用途に転用する。 穴が多く着用に耐えない場合でも、傷んでいない部分を使って帯、小物、洋服などに仕立て直す選択肢があります。
いずれも現物を見ないと可否が判断できません。まずは着物のお手入れを扱う専門店に相談するのが確実です。なお、被害が見つかったときは、同じ引き出しに入っていた他の着物も確認してください。幼虫は活発に移動するため、一枚だけで済んでいるとは限りません。
虫食いがある着物は売れるのか
結論としては、虫食いがあっても買い取ってもらえる場合はありますが、状態が良いものと比べて評価は下がります。
査定で見られるのは、穴の大きさと数、位置、そして生地全体の状態です。目立たない位置に小さな穴が一つある場合と、前身頃の中央に広範囲の食害がある場合とでは、扱いが変わります。素材が正絹で、産地の証紙があり、寸法が大きいといった条件が揃っていれば、多少の虫食いがあっても対象になることがあります。
一方で、次のようなケースでは値がつきにくくなります。
- 食害が広範囲に及び、生地が薄くなっている
- 穴に加えてカビや変色が出ている
- 素材が化学繊維やウールで、もともと需要が限られる
- 寸法が小さく、仕立て直しても着られる人が限られる
大切なのは、自己判断で処分してしまわないことです。虫食いがあるからと捨ててしまった着物が、実は評価される品だったという可能性はあります。逆に、自分でシミ抜きや補修を試みて生地を傷めると、かえって評価が下がることもあります。穴の周辺には触らず、そのままの状態で見てもらうのが安全です。
買取価格は素材・状態・寸法・市場動向によって変動します。ここで示した内容は考え方の目安であり、金額を保証するものではありません。複数の業者に見てもらい、説明の中身を比較して判断することをおすすめします。
よくある質問
防虫剤を入れていたのに虫食いができたのはなぜですか
防虫剤は有効成分が空気中に広がることで効果を発揮します。密閉性が低い、量が足りない、有効期限が切れている、着物との位置関係が適切でないといった条件では、効果が十分に及ばないことがあります。また、収納する前からすでに卵や幼虫が付いていた可能性もあります。
ポリエステルの着物も虫に食べられますか
衣類害虫の幼虫が好むのは絹や羊毛などの動物性繊維です。化学繊維そのものは餌になりにくいとされていますが、食べこぼしや皮脂などの汚れが付いていると、その部分が食害されて穴が開くことはあります。素材にかかわらず、汚れを落としてからしまうことが基本です。
虫干しはいつ行えばよいですか
一般に、梅雨明けの土用の頃、秋、冬の乾燥した時期など、晴れて湿度の低い日が適しているとされています。年に数回、風通しのよい室内で直射日光を避けて陰干しをします。ヒメマルカツオブシムシの成虫が飛来する4月中旬から夏にかけては、窓を開け放したままにしないほうがよいでしょう。
見つけた小さな虫を殺せば解決しますか
成虫を駆除しても、繊維を食害しているのは幼虫です。京都市保健福祉局の資料でも「成虫は、繊維を食害することはありません」と明記されています。成虫を見かけたら、収納している衣類の側に幼虫がいないかを確認し、清掃と防虫を見直す方が有効です。
穴を自分で縫って塞いでもよいですか
着るためだけであれば選択肢のひとつですが、査定に出す予定があるなら手を加えないほうが無難です。自己流の補修は生地を引きつらせたり、かけはぎでの修復を難しくしたりすることがあります。
まとめ
着物の虫食いは、ヒメマルカツオブシムシ、ヒメカツオブシムシ、イガといった衣類害虫の幼虫による食害が主な原因です。いずれも加害するのは幼虫で、成虫は繊維を食べません。ヒメマルカツオブシムシは年1世代で、春に産卵された卵が約1か月で幼虫になり、繊維を食べながら翌春まで成長します。被害がゆっくり進むため、気づいたときには時間が経っていることが多いといえます。
予防の基本は、しまう前に汚れを落とすこと、陰干しで湿気を飛ばしてから収納すること、収納場所を清掃すること、密閉できる容器と防虫剤を併用すること、そして定期的に虫干しをすることです。防虫剤は種類の混用に注意が必要です。
すでに虫食いがある場合も、かけはぎや仕立て直しで対応できることがあります。買取に出す場合は、穴の大きさや位置、素材や寸法との組み合わせで評価が決まります。自己判断で処分したり、自分で補修したりする前に、専門知識のある査定士や専門店に見てもらうことをおすすめします。