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谷文晁の本物をどう見極めるか|落款・印章の見方と鑑定の進め方

蔵や仏間から出てきた掛軸に「文晁」の落款があり、これは本物なのだろうかと気になっている方もいるのではないでしょうか。谷文晁は江戸後期を代表する画家のひとりですが、同時に贋作が非常に多い画家としても知られています。この記事では、谷文晁がどのような画家だったのか、なぜ贋作が多いとされるのか、そして落款や印章をどう見るのか、鑑定はどこに頼めばよいのかを整理します。

谷文晁とはどのような画家か

まず、谷文晁という画家の位置づけを確認しておきます。

東京富士美術館の作家解説によると、谷文晁は宝暦13年(1763年)に江戸で生まれ、天保11年(1840年)に78歳で没しています。名も字も文晁で、号は写山楼です。はじめ加藤文麗に、のちに渡辺玄対に師事しました。天明8年に仕官し、後に老中・松平定信の側近となっています。

画風については、「八宗兼学」の理念のもと、中国画や洋風画、土佐派、琳派、円山四条派など幅広く学び、異なる画派の特徴を折衷させた多様な作風を示したと説明されています。木村蒹葭堂ら多くの文人と交遊し、松平定信のもとで《公余探勝図巻》や『集古十種』の制作に携わりました。

参考:「谷文晁」|東京富士美術館

板橋区立美術館が2007年に開催した「江戸文化シリーズ23 谷文晁とその一門」の紹介では、南画・写生画・水墨画など日本・中国のさまざまな画法を折衷し、独自の画風を築いたと記されています。門人には谷文一、谷文二、喜多武清、金子金陵、鏑木雲潭、渡辺崋山、鈴木鵞湖ら多数がおり、文晁一門は江戸の民間の画壇で最大の流派となったとされています。

参考:「江戸文化シリーズ23 谷文晁とその一門」|板橋区立美術館

つまり文晁は、単に絵が上手い画家というだけでなく、江戸後期の画壇で大きな影響力を持ち、多くの弟子を抱えた中心人物でした。この「弟子が多かった」という事実が、後で述べる贋作の問題とも関わってきます。

なぜ谷文晁には贋作が多いとされるのか

谷文晁の作品を語るとき、必ずといってよいほど贋作の話が出てきます。俗に「文晁に本物なし」とまで言われることがあります。これは誇張を含んだ言い方ですが、贋作が多く出回っていること自体は、美術商や研究者の間で広く共有されている認識です。

理由としては、いくつかの事情が重なっていると説明されています。

弟子が非常に多かったこと。江戸の民間画壇で最大の流派を形成したほどですから、文晁の画風を身につけた絵師が数多く存在しました。師の作風に似せた絵を描ける人が周囲に大勢いた、ということです。

署名を与える機会があったとされること。美術商の解説によれば、文晁は大らかな人柄で、弟子が頼めば自作でない絵にも署名を与えることがあったと伝えられています。また、画塾「写山楼」では印章が誰でも触れられる状態にあったという指摘もあります。

名前が広く知られ、人気があったこと。有名で高く売れる画家ほど、贋作が作られる動機が生まれます。

真作を見る機会が少なかったこと。本物を見比べる機会が限られていれば、贋作が紛れても気づかれにくくなります。

参考:「谷文晁作品は本物ならいくら?買取相場やおすすめの買取方法をご紹介」|バイセル

これらの事情から、文晁の作品については落款と印章だけを見て真贋を判断することは難しいとされています。ここが、他の画家とは事情が異なる点です。

落款と印章の見方|基本と限界

とはいえ、落款と印章は最初に見るべき情報であることに変わりはありません。何を見るのかを整理します。

落款(らっかん)は、作品に記された署名のことです。作者名のほか、制作年、制作の場所や事情が書かれていることがあります。文晁の場合、「文晁」「写山楼文晁」といった署名のほか、制作の経緯を記した款記が入ることがあります。

実例として、重要文化財に指定されている《公余探勝図巻》を見ると、下巻の巻末に「寛政5年4月 豆州相州海濱御巡見時縮写之、谷文晁」という款記と、「文晁」の朱文方郭連印が記されていることが、e国宝の解説に示されています。これは寛政5年(1793年)春に松平定信が海防警備のため相模・伊豆の沿岸を巡視した際、同行した文晁が各地の風景を描いたものです。紙本著色の2巻からなり、全79図で構成され、旧桑名藩松平家の旧蔵品とされています。

参考:「公余探勝図巻」|e国宝(国立文化財機構)

印章(いんしょう)は、落款に添えて押される印です。朱文(文字が朱色に出る)と白文(文字が白く抜ける)があり、画家は生涯にいくつもの印を使い分けるのが普通です。使われた印から制作時期を推定できることもあります。

見るべきポイントを整理すると、次のようになります。

確認する箇所 見るポイント 署名の筆致 線の勢い、筆の入りと止め、字形のくずし方 印章の形と彫り 印影の輪郭、文字の配置、欠けや擦れの位置 落款の位置 画面のどこに、どの向きで入っているか 款記の内容 年号・干支・地名が実際の経歴と矛盾しないか 紙・絹の状態 経年の変化が署名部分と本紙で一致しているか

ただし、繰り返しになりますが、文晁についてはこれらを確認しても決め手にならない場合があるという前提を持っておく必要があります。真正の印が押された絵であっても、本人が描いたとは限らないという事情があるためです。

逆に言えば、素人が写真だけで「これは本物だ」と判断するのは現実的ではありません。落款と印章の確認は、専門家に相談するための情報を揃える作業だと考えるほうが実態に合っています。

鑑定機関を利用するという選択肢

真贋をはっきりさせたい場合、鑑定機関に依頼する方法があります。ここで押さえておきたい実務的な事情があります。

日本の美術品鑑定でよく知られているのが、一般財団法人 東美鑑定評価機構です。同機構の説明によると、40年以上の実績を持つ株式会社東京美術倶楽部鑑定委員会の業務を引き継ぐ形で組織化され、2018年10月から鑑定の受付を開始しています。鑑定委員会は分野別に毎月開催され、日本画は9日、工芸は15日、洋画は25日とされています。

鑑定料は日本画の場合3万円で、真作と認められた作品についてのみ鑑定証書が発行され、その際に登録管理料・鑑定証書発行料として3万円が必要とされています。なお、真作と認められなかった場合の理由については詳細な説明はしないと明記されています。

参考:「鑑定委員会について」|一般財団法人 東美鑑定評価機構

ここで注意が必要なのは、同機構の鑑定対象作家一覧に谷文晁は含まれていないという点です。一覧に挙げられているのは、上村松園、川合玉堂、鏑木清方、東山魁夷、平山郁夫といった近代以降の日本画家が中心で、江戸期の画家は対象になっていません。

参考:「鑑定対象作家・鑑定料一覧」|一般財団法人 東美鑑定評価機構

つまり、谷文晁のような江戸期の古画については、近代作家のような組織化された鑑定制度が用意されていないのが実情です。この場合、次のような手段が現実的な選択肢になります。

古美術・古画を専門に扱う業者に相談する。江戸期の絵画を日常的に扱っている業者であれば、作風・紙質・表具・箱書きを総合して判断できることがあります。

箱書き(極め)を確認する。古画では、鑑定家や後世の目利きが箱や添状に真作と認める旨を書き記す「極め」の伝統があります。誰が極めたのかによって、その資料の重みは変わります。

来歴(伝来)の資料を探す。旧蔵者の記録、売立目録、展覧会の出品記録などが残っていれば、有力な材料になります。

美術館・博物館の資料と見比べる。真作とされる作品の図版と比べることで、作風の傾向をつかむことはできます。ただし、これだけで真贋を決めることはできません。

いずれにせよ、「鑑定書があれば安心」「なければ偽物」という単純な図式にはならない、というのが古画の世界の実情です。

買取・査定に出すときの進め方

手元の作品を売却する、あるいは価値を知りたい場合の進め方を整理します。

まず全体と細部を撮影する。掛軸であれば、掛けた状態の全体、絵の部分、落款と印章の部分、表具(裂地)、軸先、そして箱の蓋の表と裏を撮ります。箱に書付があれば、それも忘れずに撮影します。

箱と添状を探す。桐箱、二重箱、添状、購入時の資料などがあれば一緒にまとめておきます。古画では、箱と書類が来歴を示す重要な材料になります。

巻いたまま長期保管しない。掛軸は湿気に弱く、カビやシミ(foxing)が出ることがあります。ただし、査定前に自分でシミを落とそうとするのは避けたほうが無難です。修復は専門の表具師の作業であり、素人の処置は本紙を傷めるおそれがあります。

古美術の取り扱い実績がある業者を選ぶ。江戸期の絵画を判断できる業者かどうかで、見立ては大きく変わります。総合的なリユース店では、適切な評価が難しい場合があります。

複数の業者に聞く。同じ写真と情報を複数の業者に送り、返ってくる説明を比べてみると、判断の根拠がしっかりしているかどうかが見えてきます。

出張査定には法律上の決まりがある。自宅に来てもらう買取は特定商取引法の「訪問購入」にあたります。消費者庁の説明によると、法律で決められた書面を受け取った日から数えて8日以内であればクーリング・オフができ、その期間内は物品の引渡しを拒むこともできます。その場で決断を迫られても保留にできる、と知っておくと落ち着いて対応できます。

参考:「訪問購入」|特定商取引法ガイド(消費者庁)

なお、買取価格は真贋の判断、作品の種類と大きさ、保存状態、表具の状態、来歴の有無によって大きく変わります。真作と判断されるかどうかで扱いが根本的に変わるため、金額の目安を一律に示すことは難しいところです。示される金額はあくまで目安と考え、実物確認を経た説明を聞くようにしてください。

よくある質問

「文晁に本物なし」というのは本当ですか

誇張を含んだ言い回しで、真作が存在しないという意味ではありません。実際に重要文化財に指定された《公余探勝図巻》をはじめ、確かな真作は各地の美術館・博物館に所蔵されています。ただし、市中に出回る「文晁」の署名がある作品には贋作が多いとされており、慎重な判断が必要だという趣旨で使われる表現です。

落款と印章が合っていれば本物ですか

そう言い切ることはできません。文晁の場合、印章が周囲の人にも触れられる状態にあったとする指摘があり、真正の印が押された絵でも本人が描いたとは限らないという事情が語られています。落款・印章は判断材料のひとつであり、作風・紙質・表具・来歴と合わせて総合的に見る必要があります。

鑑定機関に出せば真贋が分かりますか

近代日本画については東美鑑定評価機構のような組織化された鑑定の仕組みがありますが、同機構の鑑定対象作家一覧に谷文晁は含まれていません。江戸期の古画については、古美術を専門に扱う業者や研究者の判断に委ねられる部分が大きいのが実情です。複数の専門家の見解を聞くという進め方が現実的です。

箱書きがあれば信頼できますか

箱書き(極め)は判断材料になりますが、それ自体が偽作されている場合もあります。誰が極めたのか、その人物や機関の来歴はどうかによって、資料としての重みが変わります。箱書きがあるという事実だけで真作と判断することはできません。

汚れやシミがある掛軸は買取してもらえますか

対象になることがあります。古い掛軸にシミや折れがあるのは珍しいことではなく、状態を織り込んだうえで評価されます。ただし、自分でシミを落とそうとしたり、テープで補修したりすると、かえって評価を下げることになります。そのままの状態で相談するのが安全です。

真作でなかった場合、まったく値段が付きませんか

必ずしもそうとは限りません。文晁の門人が描いた作品であれば、その門人の作として評価されることがあります。また、江戸期の絵画として、表具や画そのものの出来で扱われる場合もあります。真作でないと言われた時点で処分してしまう前に、どのような位置づけの品なのかを確認しておくとよいでしょう。

まとめ

谷文晁は、宝暦13年(1763年)に江戸で生まれ、天保11年(1840年)に没した江戸後期の画家です。松平定信の側近として《公余探勝図巻》や『集古十種』の制作に関わり、江戸の民間画壇で最大の流派を率いました。

その影響力の大きさと弟子の多さが、皮肉にも贋作の多さにつながったとされています。落款と印章は最初に確認すべき情報ですが、文晁の場合は真正の印が押されていても本人作とは限らないという事情があり、それだけで真贋を決めることはできません。

近代日本画については東美鑑定評価機構のような鑑定の仕組みがありますが、江戸期の古画である谷文晁は対象作家に含まれていません。そのため、古美術を専門に扱う業者への相談、箱書きや来歴の資料の確認、複数の専門家の見解を聞くといった進め方が現実的です。

手元に文晁と伝わる作品があるなら、まずは全体・落款・印章・箱の書付を撮影し、箱や添状を探すところから始めるとよいでしょう。判断を急がず、根拠を説明してくれる相手を選ぶことが、遠回りに見えて確実な道といえます。