その他買取

ストラディバリウスはなぜ作れない|買取で問われる本物の証明

家の押し入れから出てきたバイオリンに「Stradivarius」と読めるラベルが貼られていて、扱いに迷っている方もいるのではないでしょうか。ストラディバリウスがなぜ作れないと言われるのかを知ると、弦楽器の評価が何を根拠にしているのかも見えてきます。そこでこの記事では、再現が難しいとされる理由を研究資料から整理したうえで、買取の場で何が確認されるのかをまとめます。

ストラディバリウスがなぜ作れないと言われるのか

「現代の技術でも再現できない」という言い方には、いくつかの異なる意味が混ざっています。形そのものは計測技術で記録できます。再現が難しいとされているのは、材料と、そこに加えられた処理と、300年という時間の組み合わせです。

木材の性質が違うという報告

オランダのライデン大学メディカルセンターのStoelと弦楽器製作者のBormanは、クレモナの古い楽器5挺と現代の楽器8挺の木材密度をCTで比較しました。2008年にPLOS ONE誌で発表されたこの研究では、密度の中央値そのものには有意な差が見られなかった一方で、年輪のなかの早材と晩材の密度差が、クレモナの楽器のほうが有意に小さかったと報告されています。

参考:「A Comparison of Wood Density between Classical Cremonese and Modern Violins」|PLOS ONE

木材に処理が施されていたという報告

米国テキサスA&M大学のNagyvaryらは、2009年にPLOS ONE誌で、クレモナの楽器から採取したメープルの試料を分析した結果を発表しました。硫酸バリウムやフッ化カルシウムなど、天然の木材には存在しない物質の痕跡が検出されたと報告されています。

参考:「Mineral Preservatives in the Wood of Stradivari and Guarneri」|PLOS ONE

国際的な研究グループは2021年に、クレモナの表板材について、ホウ砂や金属硫酸塩、食塩、ミョウバンなどの鉱物が加えられた形跡があると報告しました。あわせて、3世紀を経た木材ではヘミセルロースの約3分の1が分解しているとも示されています。

参考:「Materials Engineering of Violin Soundboards by Stradivari and Guarneri」|Angewandte Chemie International Edition(PMC)

処理の目的が音のためだったのか、防虫や防腐のためだったのかは、当時の記録が残っていないため確定できません。結果として何かが起きた可能性が示されている段階です。

作り手の側も一点ずつ違う

クレモナのバイオリン製作は、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に記載されています。その説明では、製作者が年に3挺から6挺の楽器を作り、内型のまわりに70を超える木片を、それぞれの音響的な反応に応じて手で成形し組み立てるとされています。同じバイオリンは2挺として存在しない、とも書かれています。

参考:「Traditional violin craftsmanship in Cremona」|UNESCO Intangible Cultural Heritage

材料も処理も時間も一点ごとに違い、作り手の判断も一点ごとに違います。これが「作れない」という言葉の中身です。

「音が優れている」という前提も検証の対象になっています

再現できないという議論の手前で、そもそも古い楽器の音が優れているのかを調べた研究があります。

フランス国立科学研究センター(CNRS)が公表した資料によれば、CNRS所属のClaudia Fritzらの研究グループは、古い楽器と新しい楽器を二重盲検法で比較する実験を行いました。2012年にパリ、2013年にニューヨークで実施され、聴衆は合わせて137人が参加しています。

結果は、平均すると聴衆は現代の楽器のほうを好み、音がよく飛ぶと判断したというものでした。聴衆も演奏者も、両者を体系的に区別することはできなかったと報告されています。

参考:「Projection du son : la supériorité des Stradivarius remise en question」|CNRS

この結果は、古い名器の価値を否定するものではありません。示されているのは、音だけを聴いて楽器を特定することが難しいという事実です。裏を返せば、弦楽器の評価が音以外の情報にどれだけ支えられているかを示しています。

再現できない楽器だからこそ、証明が価値を決めます

音では判別できず、材料も処理も再現できない。この二つを重ねると、弦楽器の評価がどこに落ち着くのかが見えてきます。

拠りどころになるのは、その楽器が誰の手でいつ作られ、どのような経路をたどってきたのかを示す資料です。オックスフォードのアシュモリアン博物館が所蔵する1716年製の「メサイア」の解説は、この点を分かりやすく示しています。

同館の説明では、この楽器がストラディバリの息子のひとりから収集家のコッツィオ・ディ・サラブエに購入され、1820年代にピエモンテのディーラーであるルイジ・タリシオに売られ、1855年に楽器製作者で商人でもあったジャン=バティスト・ヴィヨームが購入し、のちにW.E.ヒル商会が買い取ったという流れが記されています。1939年にアルフレッドとアーサー・ヒルの寄贈により同館に収められました。

参考:「Messiah Violin, by Stradivari」|Ashmolean Museum

所有者の名前が途切れずにつながっていることが、この楽器の説明の中心に置かれています。音の話ではなく、経路の話です。

弦楽器の買取でも、考え方は同じ方向を向いています。誰が作ったのかを裏づける資料があるかどうかが、評価の起点になります。ストラディバリウスの値段を語る前に、まず特定ができるかどうかという段階があるということです。

ラベルと来歴は別のものです

内部をのぞくと見えるラベルは、製作者を示す情報のひとつではあります。ただし、ラベルだけで作者を確定することはできません。

ストラディバリのモデルを写した楽器は、19世紀以降に各国で数多く作られてきました。そうした楽器にも、様式をならったラベルが貼られています。ラベルの記載は、その楽器が「どの様式に倣って作られたか」を示す情報として受け取るほうが実態に近いと考えられます。

そのうえで、査定の場で確認されるのは次のような資料です。

種類 内容 評価での役割
鑑定書・証明書 作者、製作年、発行者が記載された書面 作者を裏づける主要な資料
購入時の書類 販売店の領収書、保証書、納品書 入手経路をたどる手がかり
修理・調整の記録 工房の作業伝票、見積書 状態の履歴と手入れの証跡
写真・記録 過去の展示歴、演奏歴の記録 来歴を補強する資料
ラベル 内部に貼られた紙 単独では作者の裏づけにならない

作者が分からない作品の調べ方と同じで、書類が手元にない場合でも査定そのものができないわけではありません。楽器の造作、木目、ニスの状態、内部の作りといった実物の情報から確認が進められます。ただし、書類がそろっている場合と比べると、確認に時間がかかる点は避けられません。

弦楽器の査定で見られる状態の項目

証明の話と並行して、状態そのものも確認されます。三味線買取相場で素材と状態が評価を分けるのと同じように、バイオリンやビオラ、チェロで見られる項目を整理します。

部位 確認される内容
表板・裏板 割れ、剥がれ、修復跡、ニスの摩耗
ネック・スクロール 反り、差し込み角度、彫りの状態
指板・駒・魂柱 摩耗、位置、交換の有無
ペグ・テールピース 動き、材質、後年の交換かどうか
内部 ラベルの有無と記載、修理の痕跡
付属品 弓、ケース、肩当て、松脂、替え弦

修復跡があること自体は、必ずしも評価を下げる材料とは限りません。古い楽器では、駒や魂柱、ペグのような消耗する部品が交換されているのが通常です。前掲のメサイアについても、ネックが延長され、ペグ、駒、テールピースが19世紀に付け加えられたと同館は説明しています。

一方で、割れの補修が適切でない場合や、接着剤で無理に留められている場合は、修復の手間が加わる前提で見られます。自分で直そうとせず、そのままの状態で相談したほうが結果的に近道といえます。

弓は本体と分けて評価されます

弦楽器を手放す際に見落とされやすいのが弓です。弓は本体とは別に評価される道具で、製作者の刻印が入っているものもあります。

弓で確認されるのは、棹の反り、割れ、毛の状態、フロッグ(毛箱)の材質と装飾、スクリューの動きです。ケースに入ったまま長期間放置されていた弓は、毛が虫害を受けている場合があります。

古い弓では、フロッグや装飾に象牙や鼈甲が使われている例があります。象牙の扱いは印材の買取でも問題になる点です。象牙については、種の保存法にもとづく国内取引の規制があります。環境省は、事業として象牙のカットピース、端材、印材、製品を取り扱う行為を「特別国際種事業」と位置づけており、この事業に該当する国内取引を行うには、あらかじめ事業者登録が必要だと説明しています。

参考:特別国際種事業(象牙の国内取引規制)|環境省

海外との取引にはワシントン条約の規制も関わります。環境省の解説では、附属書Iに掲載された種は商業目的の国際取引が原則禁止で、附属書IIに掲載された種は商業取引が可能なものの輸出国政府の許可書が必要とされています。

参考:ワシントン条約とは|環境省

税関も、ワシントン条約の対象となる動植物やその製品の輸出入について、手続きが必要になる旨を案内しています。

参考:ワシントン条約|税関

該当しそうな部材が使われている場合は、自分で判断せず、取り扱いの経験がある窓口に相談するのが確実です。

手放す前に確認しておきたいこと

査定に出す前にできる準備を整理します。

書類を探す

鑑定書、購入時の領収書、保証書、修理伝票、過去の見積書をまとめます。ケースのポケットや楽譜の間に挟まっていることがあります。

ラベルを撮影する

f字孔からラベルが見える場合は、無理に照らさずに撮影しておきます。読み取れる範囲で構いません。

弦を緩めすぎない

駒や魂柱の位置が動くと、確認に手間がかかります。極端に緩めたり張ったりせず、現状のままにしておくほうが無難です。

掃除や補修をしない

ニスは溶剤に弱く、買取で高く売るコツでも避けたい行為として挙げられるとおり、市販のクリーナーで拭くと表面を傷めることがあります。松脂の粉が付いている程度であれば、乾いた柔らかい布で軽く払う範囲にとどめておきましょう。

弓と付属品をそろえる

弓、ケース、肩当て、松脂、替え弦を一緒に出します。弓が複数ある場合はすべてまとめたほうが、全体として確認しやすくなります。

保管環境を見直す

急激な乾燥や高温は、割れや剥がれの原因になります。査定までの期間が空く場合は、直射日光と暖房の風が当たらない場所に移しておくとよいでしょう。

よくある質問

ラベルに「Stradivarius」と書いてあれば本物ですか

ラベルの記載だけで作者を確定することはできません。ストラディバリの様式に倣った楽器は各国で作られており、そうした楽器にも同じ様式のラベルが貼られています。実物の造作や書類とあわせた確認が必要です。

鑑定書がないバイオリンでも見てもらえますか

書類がなくても確認は可能です。楽器の造作、木目、ニスの状態、内部の作りといった実物の情報から進められます。ただし、書類がそろっている場合に比べると確認に時間がかかる点はご了承ください。

割れや修理跡があると評価されませんか

古い弦楽器では、部品の交換や修復が行われているのが通常です。修復跡があることだけを理由に対象外になるという性質のものではありません。補修の内容と現在の状態が確認されます。

弓だけでも買取の対象になりますか

弓は本体とは別に評価される道具です。棹の状態、毛の状態、フロッグの材質、刻印の有無が確認されます。象牙や鼈甲が使われている場合は、法令上の取り扱いを含めて確認が必要になります。

自分でニスを磨いてから出したほうがよいですか

磨く作業は避けたほうが無難です。ニスは溶剤に弱く、表面を傷めると元に戻せません。松脂の粉を乾いた布で軽く払う程度にとどめ、判断は専門店に任せるのがひとつの方法です。

まとめ

ストラディバリウスが作れないと言われるのは、材料と処理と300年の時間を同時に再現できないためです。音だけでは判別が難しいことも研究で示されており、弦楽器の評価は鑑定書や来歴といった証明に支えられています。ラベルは単独では裏づけになりません。書類と付属品をそろえたうえで、まずはお気軽にご相談ください。

買取に関する記事の一覧を見る